水平線

研究と批評.

言葉と身体の臨界ーー濱口竜介論序説 ③

 言葉とは身体であり、身体とは言葉である。自己と他者が内面に所有する言葉が、「声」として発せられると、そこには意味に還元することのできない余剰を孕み持つ。そのような「生の声」は、「言語の物質性」として存在論的次元を現前し、そのような言葉によって、はじめて身体の変容が進行していく。

 かつてアガンベンは、「言葉において、言葉自体が言葉に従属したままにとどまることを止め、言葉として、言葉へと赴くようにするため」だと指摘していた。アガンベンは詩的言語を想定しているわけであるが、われわれの言葉は詩=故郷をもたない。言葉は、ただ意味もなく彷徨い続ける。だが、言葉は身体との臨界で別の「言葉」として懸けられる。

 

 『ハッピーアワー』(2015)の演者たちは、なぜあれほど抑揚を排した語りをするのか。『寝ても覚めても』(2018)の朝子(唐田えりか)は麦(東出昌大)に対して、なぜ最低限の言葉で愛を伝えるのか。『ドライブ・マイ・カー』(2021)の悠介(西島秀俊)は、なぜ役柄を演じることを「演じる」ように表象されているのか。

 濱口は、著書『カメラの前で演じること』(2015・左右社)において『ハッピーアワー』の演者たちにニュアンスを込めず、抑揚を排して読み上げるよう指示していることを明らかにしている。そして、そのような方法論を採用することで「テキストそのもののような、声」に生成する。濱口は、次のように語っている。

 

 彼女らは自分で自分の台詞を無色透明なまま「聞いて」覚える。芯の通った声自体、一つの判子のようであり、自分自身にテキストを判で押して行くようだった。彼女らもまたテキストを聞きながら、変わっていっているようだった。日常生活であれば、その言葉に付随してついてくるであろうニュアンスや抑揚を振り落とすことで初めて、その人がこんな声をしていたのか、と気づく。

 からだ独自のグルーヴ(揺らぎ)は保ちつつ、何度でも、正確に、どの箇所も同じ強さで、テキストを読み上げる。その調子が、脚本を伏せても保たれるようになる。目を閉じて聞くと本を読んでいるのか暗誦しているのかわからなくなるその頃に、声にはある一定の「厚み」が与えられるようだった。非常に安定した演者たちの声はまるで「テキストそのもの」のようだ。ただ、同時に、それは当然彼女たち自身の声である。剥き身の声とでも言うべきか。彼女たちもまた聞くことで変わる。繰り返される本読みの中でテキストを聞き取り、彼女たちは「テキスト的人間」になりゆくようだった。テキストがはらわたに落ちた状態とでも言おうか。それはテキストがテキストのまま、演者に保持されている状態であり、テキストと演者それぞれ別のもののまま、共存しているような状態だ(濱口 2015: 64)。

 

 以上のような濱口の演出法によって、自己が「自己」のための言葉を獲得する。「はらわた」に言葉が落とし込まれることで言葉に生命が宿るのである。

 『ハッピアワー』において、人間関係=「重心」の変化は、自己の変化と並行する。「重心」を生成するとき、そして「重心」が移動するとき自己の変容を問われるわけである。しかし、他者関係の全体に言葉が追いつくことはない。『ハッピーアワー』における四人それぞれは互いに試練を抱えていた。有馬温泉の場面は、象徴的である。

 有馬温泉の場面は、四人が揃う最後の場面である。ここで、四人は初対面かのように「はじめまして」と各々の自己紹介を始める。では、なぜ「はじめまして」なのか。四人は一連の出来事を経て、それぞれの「重心」が変化してきた。そして「重心」の変化は、それぞれの印象も変化させる。なぜなら、自己と他者はそれぞれの言葉と身体の調整のなかで初めて存在できる「演技的存在」(三浦哲哉)だからである。有馬温泉旅行に至るまでの過程において、各自が自己の「はらわた」に宿した言葉を所有していた。その言葉が、有馬温泉の場面で結実しているのである。そして「重心」の変化は、自己が「自己」のまま、新たな「自己」として変容させるのである。

 濱口の「はらわた」に落とし込まれた言葉という視点は、『ハッピーアワー』以後の作品においても重要な位置を占めている。『ドライブ・マイ・カー』においては、映画内において本読みの実践が大きな比重を占めている。また『寝ても覚めても』で、朝子(唐田えりか)が麦(東出昌大)に対して、最低限の言葉で愛を伝えるのは、「はらわた」における言葉の生成途中である。朝子が発する言葉の余白は、ラストの場面に結実するわけである。

 「はらわた」に落とし込まれた言葉は、必然的に身体に変容をもたらす。なぜなら、言葉が物質性を帯びて身体に現前するからである。そのような濱口の手法は、表象外の観客にも変容を求める。

 濱口作品のラストにおける登場人物たちの変容してきた姿は、いつも美しい。そして濱口作品のラストは物語の「先」、あるいは「外部」を探求していく。『ハッピーアワー』は、神戸を旅立った純(川村りら)を乗せた船が水平線の「先」を航海していく。『寝ても覚めても』は、丸子亮平(東出昌弘)と朝子が共に見つめる天野川の「先」の広大な海の景色で終わる。そして『ドライブ・マイ・カー』では、悠介の愛車をみさき(三浦透子)が「先」の見えない道路を運転する景色で終わる。では、表象「外」のわれわれ=観客はどうか。表象内で変容してきた登場人物たちと同様に、映画館の「外」に出たとき、確かな自己の変容を感受することだろう。

 

 言葉は故郷を失い、自己の身体は亡霊化するーー。そのような情況において人々が、濱口の作品を求めるのは必然的帰結である。いや、人々だけではない。社会もそのことに気づいているはずである。恐れずはっきりと断言するのであれば、こう言えるだろう。社会それ自体が濱口竜介を求めざるを得ないのである、と。

 

言葉と身体の臨界ーー濱口竜介論序説 ②

 濱口竜介の作品は、身体と言葉の随伴性を基軸に据えなければ作品を解釈することはできない。まずは、濱口作品における身体性から確認していくことにしよう。

 

 『ハッピーアワー』(2015)は、「重力」=他者関係の変化が、自己の変化と並行する。「重心」を生成するとき、そして「重心」が移動するとき自己の変容を問われる。

 『ハッピーアワー』における「重力」は、鵜飼(柴田修兵)が主催するワークショップから始まる。ワークショップは、「背中をあわせる」、「正中線をさぐる」、「はらわたに聞く」、「額で会話」という過程で進む。これが総体として「重力」とは何かを参加者に思考させる。この過程において、他者との身体的接触、そして「重心」を探り均衡を保つために、身体調整の動きが生じる。このような自己と他者との間主観性における身体調整の連続は、日常における身体の無意識性が、意識化され身体に変容をもたらす。さらには、画面内の身体表象が、画面外の観客に日常では意識化しない注視を働かせることになる。

 濱口は『ハッピーアワー』において、観客に身体の意識化を働かせるように作品を構成していた。そして、続く『寝ても覚めても』(2018)や『ドライブ・マイ・カー』(2021)では、より身体性を深化させている。それは、演劇という舞台装置の導入からも明らかである。

 ところで、演劇は映画とは対極の位置する芸術表現ではなかったか。演劇とは、身体の現前を観客=他者と共有することで成立する表現であった。だが一方で、映画は身体の不在から出発する表現媒体である。ドゥルーズは、「映画は[感覚ー運動的な]知覚と行動における身体の現前を再構成することを目的するのではなく、白、黒、あるいは灰色との連関で(あるいは色彩との連関で)、身体の原初的な発生を操作することを目的とする」(『シネマ2』p. 262)と指摘している。映画にはたしかに演劇のような身体の現前はない。だが、表象=再現前化、つまりは知覚と行動における連続性によるイメージの重層によって身体を構成するのである。

 では、なぜ濱口は映画において演劇という舞台装置に重点を置いたのか。それは、無意識的な身体を意識化させることを企図する「だけではない」。濱口は、「演じる」こと自体で生じる自己であると同時に他者である「自己」を据えているからである。

 

 かつて、ディドロとルソーは演劇についての論争を繰り広げていた。佐藤淳二(2013)は、ディドロとルソーの演じることに関して「自分を演じるという発想それ自体は、二人の思想家に共有されている」(佐藤 2013: 254)とし、次のように言及している。

 

自己を演じることが可能となるためには、演じる自己と演じられる自己が同じ自己でありながら、微細だが消しようもない亀裂によって二重化していなければならない。このような自己の自己関係は、それだけで十分に逆説的であろう(佐藤淳二, 2013, 「主体についての逆説ーーディドロとルソーの俳優論への序説」p. 254)。

 

 このような自己の二重化は、誰もが日常生活を営むときに実行していると言えるだろう。そして、そのような自己の二重化を分裂と意識することなく、差異化によって構成された自己=他者を「自己」として認識する。それこそが、誤認としての自己の固有性なのである、と。佐藤は、このような自己の構成を演劇のモデルとして理解可能となるのではないかと問題提起している。

 ルソーによれば、自然状態ではなく社会状態にある文明人は、自己との十全な一致を持つことはできない。文明人は、「自己愛 I'amour de soi」ではなく「自尊心 I'amour propre」に依拠して自己を構成し演じるしかないのである。佐藤は、次のように言及している。

 

自然状態ならぬ社会状態においては、人間は己に固有なあらゆるものを他者に依存し、他者から自己を与えられているのであり、自己自身とは実は無ないしゼロとでもいうべき空虚な存在に過ぎないのである。だからこそルソーにとって俳優は、不要である。誰もが自己に対して必要にして十分なだけ俳優なのだから。ひとは否定的に俳優であることによってのみ、かろうじて己の固有性に留まる(佐藤 2013: 263)。

 

 ルソーにとって、『新エロイーズ』や『ダランベール氏への手紙』において「誰か」を表象するだけの俳優は、余計な存在なのである。

 では一方で、ディドロはどうか。ディドロの演劇論は、『「私生児」についての対話』における「タブロー論」で結実する。ディドロにとって、俳優とは「舞台の上に『誰か』を見えるようにし、同時に『これは誰それだ』という文章として、その『誰か』のちょうど輪郭線にとけ込んで消えてしまう存在」(佐藤 2013: 258)である。だが、ディドロの論はルソーに対しての有効な反論になっているだろうか。なぜか。佐藤は、「表象ないし『タブロー』論という同じ前提に立っている限りは、『これは……である』という意味しか持たない俳優に、積極的な価値を見だすことは困難だからである」とし、「俳優に、それ独自の存在の厚みを返すことが、目指されなければならない」(佐藤 2013: 258)としている。佐藤によれば、ディドロの『ダランベールの夢』から『生理学要綱』に至る思想は、身体性の地平を回復させることを目論むのである。

 ディドロの『一七六七年のサロン』における彫刻家フランソワ・デュケノワの苦悩は重要である。なぜか。それは、「女優が自分自身の身体とは別の身体を手に入れる瞬間となる」(佐藤 2013: 259)からである。誰でも夢の中では巨人になることもできるだろう。そして夢の中の巨人は、覚醒後には失われてしまうかもしれない。しかし、偉大な俳優と夢との接続は、単なる「夢」ではない。佐藤は、次のように指摘している。

 

要するに彼女は、役割によって変容した自分を自己分析するのであり、決して「これはアグリッピーナである」という文章に吸収され消えようとしているのではない。それどころか、クレロンは身体の中心を自己の外へとずらし、自分の身体と役柄によって決まるどこか別の場所にそれを据えようとするのだ。通常は副次的なものでしかない夢は、女優にとっては中心的であり、まさにそれこそ演技する彼女の身体が存在する機縁であり、その存立の「場」でもある。その場が、演技の主体そのものを受け入れる(佐藤 2013: 259)。

 

 ディドロの身体論は、身体のシステム性、有機的体系としての唯物論的身体を浮かび上がらせる。しかし、ディドロの俳優論における身体論は、そのような身体性を有していない。自己の身体の中心を外部へとずらし、演技する自己の身体を存立する場とは何処か。それは、次のような場所である。

 

その場所は、内でも外でもない場所、俳優の二つの身体が開く距離、その空隙としか言いようがない場所である。現実の身体とその身体が生成変化する幻想の身体、自動的システムである生理的身体と「夢」と呼ばれる幻想によって駆動される身体、それらの諸項が関係を取り結ぶ場に宙づりにされるのが、女優の演劇的な主体に他ならない(佐藤 2013: 261)。

 

 俳優の身体を操作しているのは、感受性でも知性でもない。それは、「夢」の主体である。この主体は、俳優と観客へ接続され、別の身体を現すのである。

 

 ここまでルソーとディドロの演劇論争の概要を確認してきた。では、濱口が映画において演劇という舞台装置の導入は何を意味するのか。ここで重要なのは、映画における演劇は、「カメラの前で演じること」を前提とすることだろう。

 『寝ても覚めても』において、なぜ突如、串橋(瀬戸康史)がチェーホフの戯曲の一節を暗唱するのか。『ドライブ・マイ・カー』の家福悠介(西島秀俊)は、なぜ自己の役を演じることを「演じる」ような人間像として表象されているのか。

 濱口は、カメラで撮影することに関して、次のように指摘している。

 

映像に撮られるということは「未来における無限の他者の眼差し」を向けられるということである。無限の時間はいずれ、人の不完全な知覚の総体を、カメラの完全な知覚へと漸近させていく。そのなかで被写体の「習慣」や「意に反した」語りを見出すまで、彼・彼女らのからだを隈なく見る者は必ず出てくる(濱口竜介, 2015, 『カメラの前で演じること』p. 29)。

 

 ディドロによれば、俳優の身体を操作しているのは「夢」の主体であった。そしてこの主体は、俳優と観客へ接続され、別の身体を現すのであった。一方で、映画は「カメラの前で演じること」を媒介として、表象から観客に伝わる。なぜ、俳優は「意に反した」語りをするのか。では、この自己はどうだろうか。観客とは、自らが無自覚な俳優なのではないか。自己とは、自己を演じることで、自己が自己のまま「他者」に生成変化することである。では、そのような自己=他者は、「言葉」を所有することが可能なのだろうか。

 

(続く)

 

言葉と身体の臨界ーー濱口竜介論序説 ①

我々の世界は映画である。我々は映画としての世界に住み着いている。いや、正確に言わねばならない。映画の登場人物たちはその映画の中に住み着いているのではなく、取り囲まれ、貫かれ、配置され、話させられ、見させられるものとして取り込まれている。我々は何ものかに見られ、聞かれる。しかし、我々は話しもしなければ、見ることもない。ただ話させられ、見させられているのである……。(丹生谷貴志, 1996, 『ドゥルーズ・映画・フーコー青土社, p. 100.)

 

 「世界は映画である」としたとき、世界はイマージュに覆われるのであり、与えられたイマージュの閉塞した内在性の世界に生き、死んでゆく。われわれは、われわれのイマージュを反復するしかないのである、と。

 映画としての世界は、「絶対的な〈分身〉」(丹生谷貴志)の世界である。なるほど、そのような世界にはイマージュの「外部」は存在しないのであり、「外部」と呼んだものが精神世界がイマージュとして生み出した映像に他ならないというわけである。

 だが、ほんとうにそうだろうか。たしかに、映画に表象される景色は精神の内在的な属性の産物かもしれない。しかし、映画にはイマージュを超えた「何か」があるのではないか。ドゥルーズは、次のように言及している。

 

運動があるところならどこでも、時間のなかのどこかに、変化する全体があった。だからこそ映画的イメージには本質的に画面外がそなわっており、その一方はほかのイメージのなかで現働化されうる外部世界に、他方は連合するイメージにおいて表現される変化する全体に差し向けられた。(中略)それゆえ映画において、全体はイメージを内部化し、イメージにおいてみずからを外部化し、この二重の引力によってたえずつくられる。これはつねに開かれた全体化のプロセスであり、これがモンタージュあるいは思考の力能を定義していたのだ(ドゥルーズ, 1985=2006, 『シネマ2ーー時間イメージ』法政大学出版局, p. 233-4.)

 

 あくまでドゥルーズは、画面内に現前するイメージの分割であり、ここでは映画館における観客を運動イメージによる変容を捉えていない。だが、映画における運動イメージは、画面内だけのことなのだろうか。むしろ、運動イメージはイメージ外の観客に変容をもたらすのではないか。それこそが「力能 puissance 」によって「無力 impuissance 」を暴き出し、「出来の悪い映画」(ドゥルーズ)から脱する。

 丹生谷は、映画としての世界を「絶対的な〈分身〉」と定義していた。「分身」とは自己としての一が二になることであり、自己同一性は保持されている。ところが、映画に表象される自己は演技を通じることで自己であると同時に「自己」ではない。つまり「分身」ではなく、自己であると同時に他者なのである。そして、そのような差異性は、自己が自己のまま、別の「何か」に「生成変化」(ドゥルーズ)する過程でもあると言えるだろう。そして、まさに濱口竜介の作品こそが、そのようなことを提示しているのである。

 

 濱口の東京藝術大学大学院時代における指導教官であった映画監督・黒沢清は濱口の作品について次のように言及している。

 

人間描写と映画表現、このあまりにもかけ離れた二つの作業を、完全に平等に、かつ同時に行おうとする濱口竜介は、果たして映画の救世主なのか、それとも破壊者なのか……今後の映画史が決めてくれるだろう(神戸映画資料館, 2015, 「濱口竜介の軌跡ーー東京=東北=神戸」)

 

 黒沢の問いかけに、明確な解答を提示することなど不可能である。そして、わたしは濱口の作品を論じるための批評的技量も充分に備えていない。だが、濱口の作品はわたしを批評へと急き立てる。濱口の作品が、画面「外」へ、あるいは「外部」の他者に向かうようにーー。

 

(続く)

 

 

 

『ドライブ・マイ・カー』(濱口竜介)

 濱口竜介の作品は、いつも物語の「先」、あるいはその「外部」を求めてしまう。『ハッピーアワー』(2015)のラストが、神戸を旅立った純(川村りら)を乗せた船が水平線を航海しているショットで終わるのであれば、『寝ても覚めても』(2018)は、丸子亮平(東出昌大)と泉谷朝子(唐田えりか)が見つめる天野川の先の広大な海で終わる。では、はたして『ドライブ・マイ・カー』(2021)は、どのような景色をみせてくれるのだろうか。

 

 冒頭の家福悠介(西島秀俊)の妻である音(霧島れいか)の顔は、暗闇で不明瞭である。また音が語る不整合で不条理な物語(前世はヤツメウナギ)は、たしかな強度で観客を魅惑する。冒頭の画面は、ほんの数分だが、このたしかな強度が観客を徹底的に「受動的」な存在として確立させる。

 だが、こうした「受動性」から生じる主体、あるいは生存の変容こそ濱口の作品に連関する特質ではなかったか。三浦哲哉は、『ハッピーアワー』(2015)について次のように指摘している。

 

他者への「想像」をさまざまに織り込んだ劇であるがゆえに、本作は、私たち観客一人ひとりに能動的な観察を要求する。能動的、というより、相互的、と言ったほうがいいかもしれない。つまり、物語前半のワークショップで示されているのと同様、登場人物たちと私たち観客が「重心」を共有するように、『ハッピーアワー』体験は進行する」(三浦哲哉, 2018『「ハッピーアワー」論』羽鳥書店, p. 139)

 

 人間関係=「重心」の変化は、自己の変化と並行する。『ハッピーアワー』(2015)が、「重心」を生成するとき、そして「重心」が移動するとき自己の変容を問われるのだ。このような観点は、『ドライブ・マイ・カー』(2021)においても受け継がれている。家福の愛車であるサーブが住まいと仕事場を反復するだけでも、そこには複数の「重心」が点在している。

 だが、本作においては重心ではなく、「言語」におけるモノとしての実存性、あるいは「言語」の物質性が自己と他者の変容を媒介していることが枢要だろう。それは家福の舞台演出が、「多言語演劇」という形式を採用していることにも示唆的である。

 フーコーの言語論は、人間存在に対する言語の外在的な独立性を発見した。フーコーは、次のように指摘している。

 

さしあたりまったく確実なこととして我々の知る唯一の事柄といえば、西欧文化のなかで、人間の存在と言語の存在が、共存して互いに連接しあうことは決してできなかったということにほかならぬ。二つのもののこの非両立性こそ、われわれの思考の基本的特質の一つであったのだ(M. Foucault, 1966, Les Mots et les choses, Gallimard, p. 350=360)

 

 フーコーの言語論は出来事性と実存性によって、「SA/SÉ」の二元論によって把握することはできない。家福が広島で行われる国際演劇祭で『ワーニャ伯父さん』(チェーホフ)で主人公ワーニャを演じることになった高槻耕史(岡田将生)が、家福に「本当に他人を見たいと望むのなら、自分自身を深くまっすぐ見つめるしかないんです」と発言するとき、家福はその言葉をすんなりと受け入れているように表象されているのである。というのも家福は、これまでどこか掴めない人間像としてーー役を演じることを「演じる」ようなーー表象されているのだ。だが、この瞬間においては言葉が家福という主体の境界を超えることで「何か」ーー言葉では名指すことのできない超越的なものーーが生起しているのである。

 

 喪失と成熟、死者と生者ーー。家福の愛車である真っ赤なサーブは、家福のドライバーである渡利みさき(三浦透子)の故郷・北海道の田舎へと辿り着く。そして、みさきは土砂崩れで亡くなった母との思い出を語り出す。このとき、家福はいままで表象されることなかった表情で「僕は正しく傷つくべきだった。本当をやり過ごしてしまった。見ないふりを続けた。だから音を失ってしまった。永遠に。生き返ってほしい。もう一度話しかけたい」と語る。そのとき二人は、静かに抱き合う。このとき初めて、みさきの表情は柔和になる。

 家福は、私生活/舞台演出家においても役を演じることを「演じる」という行為によって自己をどこまでも忌避していた。だが、みさきと「言葉=物語」を共有ーー音の死とみさきの母の死ーーすることで、自己の変容を生じざるを得ない事象が生じていたのである。フーコーは、次のように言及している。

 

主体が真理に到達するために必要な変形を自身に加えるような探究、実践、経験は、これを「霊性」と呼ぶことができるように思われます。このばあい「霊性」と呼ばれるのは、探究、実践および経験の総体であって、それは具体的には浄化、修練、放棄、視線の向け変え、生存の変容などさまざまなものであり得ます。それらは認識ではなく、主体にとって、主体の存在そのものによって、真理への道を開くために支払うべき代価なのです」(M.フーコー, 2004, 『主体の解釈学ーーコレージュ・ド・フランス講義 1981-1982年度』筑摩書房, p. 19.)

 

 終盤、広島国際演劇祭は幕を開け、『ワーニャ伯父さん』の舞台はラストを迎えかけていた。ソーニャは語り続ける「わたしたちは生きていきましょう」と。

 ラスト、舞台は韓国に移る。家福のドライバーであったみさきは、家福の愛車と同じサーブに乗り込む。みさきの視線は、そして真っ赤なサーブは一体どこへ向かうのだろうか。その「先」は、決してわからない。冒頭でも指摘したように濱口の作品は、いつも「先」へ、あるいは「外部」へと向かうからだ。観客たちは、作品を見終えたあと映画館の「外」へ出たとき、世界と自己の新鮮さと変容を感じることだろう。

 

 

 

 

 

 

『キャラクター』②(永井聡)

 「お前は、狂っている」と客体を名指しするとき、名指しをした主体が理性的存在であるという根拠は一体何だろうか。われわれは、他者を「狂気」と定義することのできる言語の狂気性こそを問われなければならないのではないか。あるいは理性的言語を駆使すること(したつもり)で自己を理性的主体として真理を自己革新し相互承認することは「狂気」と変わらない事象である。われわれは、理性それ自体が「超越論的仮象」(イマニュエル・カント)を生起させることを起点として据えなければならない。

 小泉義之は、今日において精神の狂気ではなく「行動の狂気」こそが問題だと指摘している。小泉は、フーコーの最後の講義録である『真理の勇気』を引用しながら、ヘイトスピーチとパレーシアの関係性を考察している。小泉によれば、仮にヘイトスピーチの分析を通してレイシスト、さらには「われわれ」の真理を見出すことができると想定するのであれば、レイシストは「われわれ」の鏡像であり、愛国者にとっての日本は「対象a」(ジャック・ラカン)に過ぎない。したがって、「われわれ」は狂気の真理の歴史の内部にとどまっていると指摘している。どうしてだろうか。

 パレーシアとは、「危険を顧みず真理を語る勇気」のことである。そして、パレーシアを行使するパレーシアステースとは「『反感、争い、憎しみ、死のリスク』を冒しながら真理を語る者」であり、「『エートス』について、倫理、生き方について語る」(小泉 2015: 26)者である。したがって、小泉によればレイシスト愛国者はパレーシアステースであると認めている。

 さらに、ここが肝要なところであるがパレーシアステースは民主主義に場を持っていない。小泉は、次のように言及している。

 

パレーシアは、「僭主」に対して向けられるからである。また、「僭主」の追従者である「延臣」や「民衆扇動家(デマゴーグ)に対して向けられるからである。しかも、民主主義の腐敗を体現する連中からの憎悪や弾圧を覚悟しながら勇気をもって真理を語るからである。それは民主主義を救うために行われるのではない。そうではなくて、民主主義の外部で、新たな別のエートスをを創設するために行われるのだ。だから、レイシストにして愛国者であるパレーシアステースとの闘争においては、僭主とそれに追従する多数派にとってスキャンダルともなる行動の狂気を示すようなそのような生存のスタイルを打ち出さなければならない(小泉義之, 2015, 「狂気の真理への勇気」『HAPAX vol.3ーー健康と狂気』夜光社. p. 27)

 

 「生存のスタイル」として「行動の狂気」を体現すること、これこそが「一つのヘイトスピーチ=パレーシアに対抗するパレーシア、一つの行動の狂気に対抗する行動の狂気」(小泉 2015: 30)である。このような観点は、本作を批評するうえで重要である。なぜ、山城圭吾(菅田将暉)が殺人事件に惹かれ漫画を描いていくのか(殺人事件に惹かれるのにはそれなりの理由があるが、それを考慮しても異常だと言えるだろう)。なぜ、辺見敦(松田洋治)は自ら実行していない殺人事件の罪を自白したのか。なぜ、両角(Fukase)は四人家族だけを標的にするのか。これらはすべて精神の狂気ではなく、「行動の狂気」である。そして、このような「行動の狂気」はブルジョア社会=市民社会に間隙を生じさせるだろう。たとえば、本作における清田俊介(小栗旬)=警察権力=国家権力の死は瞬間的な間隙である。

 しかし、言うまでもなく「行動の狂気」はブルジョア社会=国家権力によって回収されてしまう。国家=ブルジョア社会は、狂気=異常者の放置を許容しないからである。国家は、理性的装置として万人の安心・安全を確保しているのだと。

 だが、本当にそうだろうか。むしろ国家=ブルジョア社会それ自体は、理性的装置ではなく非-理性的=狂気として機能したがっているのであればどうだろうか。個人の精神的=社会的疎外だけではなく、国家=ブルジョア社会自体が疎外されているのであればどうか。そして、そうであれば、資本主義社会の先に展望することができる「高次の狂気」を有した主体はいかなる存在なのだろうか。

 

(続く)

 

『キャラクター』①(永井聡) 

 リアリズムが作品のどこかに表象されることによっての経験がリアリティを与えるのか。あるいは、フィクション内におけるリアリズムが、現実世界の「リアリズム」を形成しているのか。このような問いは、あまりに馬鹿げていると、あるいはそのような問いは成立しないと多くの人たちは批判するかもしれない。だが、はたしてそのような批判は本当に妥当だろうか。むしろリアルは、フィクションの追随でしかないのであればどうだろうか。山城圭吾(菅田将暉)が、現実の殺人事件をモデルに描いた漫画『34(さんじゅうし)』が、物語が展開するにつれてフィクションが作品内における現実から先行するのも何も驚愕することではない。

 

 今日において、あまりにも現実的批判を展開すればするほど陰謀論者のレッテルを貼られるのはリアルそれ自体がフィクションのコピー=「シュミラークル」(ジャン・ボードリヤール)だからである。だが、問題はその先である。リアリストは懐疑論者や否定論者というレッテルを貼られたことに対して、さらなる議論を展開することができていない。その先を展望することができないのである。なぜか。言うまでもなくリアリズムが縮減ーー「市民社会の衰退」(マイケル・ハート)と言い換えてもいいーーしているからである。であれば、陰謀論者も陰謀否定論者もメタ的な「陰謀」に包摂されてしまっているとも言えるだろう。

 あらゆる情報がデータベース化することで、真実と虚構の境界線は曖昧化している。もはや真実/虚構に境界線を引くこと自体が意味を失いつつあると言えるだろう。政治的言説や規範的意識は、虚構に支配され効力を失いつつあり、人々は、ニヒリズム的快楽=「動物化」(東浩紀)に溺れるしかない現況に陥っている。しかし、そのような「動物化」はダーウィニズム的な自然淘汰に帰結してしまうのではないか。そうであれば必要なのは、抵抗としての思想でありイデオロギー、すなわち「政治」である。だが、事態は複雑である。

 昨今の世界情勢を踏まえ政治は「フィクション化」しているという指摘がある(たとえば『世界 2020年2月号』岩波書店、を参考せよ)。だが、政治とは「フィクション化」以前に、そもそも「フィクション」そのものではなかったか。

 政治のフィクション性を思索するために、たとえばハーバマス的「熟議デモクラシー」を想起してみるといい。ハーバマスは「二回路モデル」論によって、国家と市民社会・公共圏を熟議によって媒介する構想を提示している。ハーバマスが提起した論で肝要なのは、国家における「意思形成」と市民社会・公共圏における「意見形成」を区別したことである。坂本治也は、「熟議民主主義は、基本的には公共圏・市民社会における『意見形成』の段階で行われるものである。そこでは、直接的な意思形成は求められない。そのため、市民は『ものごとを決定しなければならない』という圧力から解放され、自由な熟議が可能になる」(坂本編 2017: 25)と説明している。

 ハーバマスの提起する構図はあまりにも形式的である。そしてハーバマスの図式は、あまりに空論的でありロマン主義である。唯々疑念的であるが、市民社会・公共圏において熟議は現出したことがあるだろうか。仮に熟議が現出したとして、いかに市民の意見形成を国家に反映させることが、代表 representative できると思考しているのだろうか。まったくをもって考えていないのである。無論、市民たちも議会制民主主義が政治家たちのプロレスに過ぎないことを感知していることだろう。その点では右派も左派も根底ではつながっているのであり、真の対立はないのである。

 しかし、真の対立がないことは「〈一を二に割る〉」(小泉義之)機会でもあるだろう。そして、それを担うであろう人々は両角(Fukase)や辺見敦(松田洋治)のような社会的に包摂されていない、社会的な疎外=精神の疎外=狂気とされた人物たちである。実際、作中において国家権力=警察権力は彼らに翻弄され続ける。

 

 1970年代以降、「狂気」の思想と行動によって解放を唱える運動があった。だが、時代が経るにつれ「狂気」というリアリティは後景に退いていった。

 しかし、いまや別の仕方で「狂気」によって揺さぶられているのではないか。われわれがいま求めるべきは「高次の狂気」(小泉義之)である。

 

(続く)

 

 

『きみが死んだあとで』(代島治彦)

地獄への道が善意で敷き詰められているなら、悪意で敷き詰めないと天国への道は開かれないのかもしれない。しかし、この世界は、天国でも地獄でもない。煉獄である。この世界では、地獄への道と天国への道は反転可能になっている。この世界は、悪を活用して善に転化できるようになっている。最善ではなく次善を選ぶのは市民のやり方だ。最悪ではなく次悪を選ばせ、最善に転ずるのがわれわれ左翼のやり方である(小泉義之, 2006, 『「負け組」の哲学」』p. 16)。

 

 銘記すべきは、いつの時代にも、革命を必要としている人間、革命なくしては自由に生きていけない人間、革命を命がけで求めている人間がいるということだ。そんな人間には、反省している暇などない。断固として、いつか無力な者になる人間の立場に立つこと、無力な者を代行する立場に立つこと、レーニンのように、遠くからではあれ、無力な者に訴えることだ(小泉義之, 2006, 『「負け組」の哲学』p. 60)。

 

 作品の冒頭、代島監督の内面における次のような言葉がスクリーン上に表象される。

 

ぼく(監督)は1958年2月生まれだ。小学校に入学するとすぐにベトナム戦争がはじまった。1964年夏、米軍が北ベトナムを爆撃。すぐに世界中で戦争に反対する運動が巻き起こる。少年時代のぼくは、ベトナム反戦を訴え革命をめざして闘う「団塊の世代」のかっこいいお兄さんやお姉さんに憧れた。この映画をつくりながら、ぼくは想像した。もしもぼくが「団塊の世代」に生まれたとしたら、第二次世界大戦の直後1947年から49年の間に生まれたとしたら、どんな青春を選んだだろうか。もしもぼくが、1967年10月8日に羽田・弁天橋で死んだ18歳の若者の友達だったとしたら、どんな人生を歩んだだろうか(『きみが死んだあとで』パンフレットを参考)。

 

 冒頭の代島監督の独白からも象徴的であるように、本作は、「かもしれない」、「だったのかもしれない」という世界線で物語が展開していく。とりわけ、赤松英一と島本恵子の数秒間の沈黙は、「きみ」=「山﨑博昭」の死が、「わたし」の死であった「かもしれない」という死の淵を覗き込むような経験、いわば「象徴界」(ラカン)の外部に触れてしまったがゆえに生じる沈黙だったのだろう。

 あるいは、「きみ」=「山﨑博昭」の死を、佐々木幹郎のように「詩」として昇華させることで、つまり山崎博昭を内面化することによって偶然の生を「生き抜く!生き抜くことだ!」(佐々木幹郎, 1970, 『死者の鞭』)と詠みあげることで他者の死を自責のように背負うことで総括することも可能だろう。だが、それははたして可能だろうか。

 本作全体的に漂っていることだが、本作は、山﨑博昭=中心の周縁を回遊しているに過ぎない。それは、「ない」ものを「ある」とするような、ロマン主義イロニーではないか。たしかに証言者たちは、過去の壮絶な体験を語っているのではあるが、山﨑博昭=中心を媒介としてノスタルジックでナルシシズム的な語り narrative に回収されてしまっているのである。まさに、それは、言語によって表象不可能なトラウマ的経験なのである。では、山﨑博昭=中心を語り、その「外部」にいくにはいかなる方法論があるだろうか。

 

 山﨑博昭と共に生きた証言者たちは、「きみが死んだあとで」で一体何を問いたいのだろうか。無論、彼/彼女たちが、壮絶な体験をしてきたことは承知しているつもりである。だが、彼/彼女たちの証言は、過去の経験と思い出話に収まっていないか。問うべきは、山﨑博昭の死以後における、彼/彼女たちの闘争の展開であり、組織からの脱退理由を聞き出すことだったはずである。

 本作で登場する人物たちは、いまや一般的なメディアで見ることなどない。いまや左翼は、リベラル層に代わったからである。だからこそ、代島監督は、証言者たちから具体的に組織を脱退した理由や闘争をやめた理由などを聞き出すべきだったのである。エンドロールで、その後における彼/彼女たちの説明を一行だけで説明して何になろう。重要なのは、その過程=中間である。オーラル・ヒストリー oral history 的手法で証言者たちから、山﨑博昭=中心に接近していくこと、そしてその後を聞き出すこと、そのような自己総括こそが「きみが死んだあとで」為すべきことであり、現地点から左翼を語り直すことに他ならない。